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訃報を聞いたのはその1月の半ばでした。
B型夫の携帯に義母から電話がありました。
正直、わたしが電話をとらなくてよかった。
今でもそう思います。

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祭壇には花畑をバックに微笑む義妹の写真が飾られていました。
調子がよい時にはご主人と2人で出かけていたそうです。
きっと、ご主人が撮った写真でしょう。
がっくりと疲れた顔の義母は一気に老けた様子でした。

それでも涙を見せることなくいた義母ですが
一人の女性が義母を見つけて足早に駆け寄ると
義母もその姿を見つけてよろめくように駆け寄りました。

女性と義母は抱き合うようにして
しばらくの間、言葉もなくただ涙を流していました。
「こんなことになるなんて、、、。」
女性はそう良いながらハンカチで涙をぬぐいました。
「来てくれてありがとね。」
落ち着くと、2人は手を握りあったまま、
くしゃくしゃな顔を見あわせました。

女性は義妹が小学校の頃に仲良くしていた友達のお母さんだそうです。
同世代の母として悲しみも苦しさも言葉などなくともわかりあえるのでしょう。
義母が素直に涙を流せてよかったと思いました。

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義妹は抗がん剤治療を繰り返し
だんだん強い薬を使うようになっていました。

「今度の薬は強いので副作用で髪が抜けます。」

そう医者に言われた時に
弱音を吐くことがなかった義妹は初めて泣きじゃくりました。
「髪の毛が抜けるのなら、もう治療はしたくない。」と。

春の結婚式まで頑張ろうと、母の説得にも耳をかさず
義妹は抗がん剤治療を拒否しました。

義妹が二十歳で子どもを一人でも産むと言った話を聞き
おっとりと物静かな彼女に本当にそんな頑固な強さがあるのかと
わたしは不思議に思っていました。

けれど、
弱音を吐くこともなくがんと闘い、
最後は自分の意思できれいな姿で死に挑んだ彼女は
本当に意思の強い女性だったのだと同じ女性として尊敬しています。

同じように病魔に苦しんだ時に
どこまで自分を見失わず、意思を貫けるのか。
わたしにはとても自信がありません。
けれど彼女の潔さを心に留めておけば
少しはマシな最期を迎えられるかもしれないと思っているのです。

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