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一緒に近くのショッピングセンターへ行こうと並んで信号待ちをしていると、隣で母がポツンと言った。
「信号がわからなくなったらもう外にでられなくなるね。
そうしたら周りに迷惑がかかるから、家でじっといて外にでたらいかんね。
でもそうなったら1人で暮らしてられないかねぇ・・・。」
そう言われて、わたしは言葉に詰まってしまった。

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「そんな先の心配なんてしなくてもいいんだよ。
子ども4人も育てたんだからさ、何とかするよ。」
何気ない風に精一杯明るく答えた。

なんと答えればよかったんだろう?
母はどんな言葉を欲しかったのだろう?


わたしは母を引き取るとは言えない。
近い将来には義父母のお世話もすることになるだろう。
わたしは両方背負えるほど人間が大きくできてないし、そんな能力も無い。

B型夫が長男だから面倒をなんてことはこれっぽっちも考えていない。
けれど義母が一番頼りにしていたであろう義妹は3年前に胃がんで50を前に亡くなった。
その下の義妹はご主人の仕事の関係でずっと関東に住んでいて、あちらで家を買った。
ご主人もこちらの出身だが、ご両親ともに亡くなり実家も売り帰るつもりはないだろう。
実質的にわたしたちしかいないのだ。


それなら義父母が1人になったら引き取るのかと言われれば正直そのつもりも今のところない。
いや、それが一番よい選択だと思えば引き取るかもしれない。
けれど嫁に気を遣いつつ、慣れない土地と家で老後を過ごすのがベストとはどうしても思えない。

息子の家にいて孤独を感じるのと、施設に入って孤独を感じるのとどちらがいいんだろう?
もちろん息子の家にいて満ち足りた毎日を送るのが一番だろう。
けれどわたしはそんなに太っ腹で愛に満ちた人間じゃないし、24時間一緒にいればニコニコといい顔ばかりもしていられないに決まってる。
三女のお気楽さなのか、わたしが冷たい人間なのかぶっちゃければそんなところだ。


まあ、どうなるかわからない先のことをあれこれ考えても仕方ない。
いまやれることを着実にやるだけ。
それは母が今の状態を少しでも長く保てるように努力をすることだ。

薬を忘れずに飲んでもらい、デイサービスに通って多くの人と交流して、認知症が出来るだけゆっくりと進行するようにする。
日々の生活が滞らないように見守る。
先のことを不安に思う暇があったら今母と楽しめる方法を考える。
こんなとこかな。

次女姉が毎朝薬を飲むように電話をしてくれて、仕事の帰りにも週1で顔を出してくれている。
「朝電話するとね、
”次女ちゃんの声聞くと元気が出る、ありがとう”
って言ってくれるんだよ。」

出来ることなら母のようにかわいいおばあちゃんになりたいな。
なれるように頑張らないと。

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