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若くして夫を亡くし、女手一人で5人の子どもを育てあげたエミコさんのお母さん。
家族の節目には写真館で家族みんなで写真を撮っていたそうだ。 
そんなミサコさんのお母さんが80歳を過ぎて手元に残した3枚の写真とは・・・?

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あんこです 。
本日もご訪問をいただき感謝です\(^o^)/

ペースダウンはしているが断捨離は進めている。
捨てるのに迷っているのはアナログのプリント写真。
けれど遺されて困るものって写真なんじゃないかと思うんだよね。
お正月に届く立派な写真つきの年賀はがきもなんとなく捨て辛いもの。


20代の子どもたちの幼いころの写真もアナログだ。
けれど子どもの写真は遺したとしても自分たちで処分するだろう。
かさばる子どもたちを撮りためたVHSビデオテープは厳選してDVDに焼いてもらった。 

悩んでいるのは自分の若いころから旅行などで撮りためた写真。
「写真って捨てるのに勇気がいるよねぇ(=゚ω゚)」
と同じアラフィフのエミコさんにボヤくと、彼女のお母さんの話をしてくれた。
これが面白くて、なんだか目から鱗だったのだった。


彼女は中学生の時に父親を脳梗塞で亡くした。 
実家は牧場で、その日父親は前夜からつきっきりで牛の出産に付き添っていたらしい。
「行ってきます。」と学校へ向かう子どもたちを見送ってから、
「疲れたからちょっと寝る。」と母親に声をかけてベットへ行ったきり起きてこなかった。

父が亡くなってから慣れない牧場の仕事を必死で切り盛りして育ててくれた母親。 
そんな彼女のお母さんは、ことあるごとに家族で一緒に写真を撮りたがったそうだ。
5人兄弟が一同に揃うチャンスもなかなかないだろうから嬉しかったのかも知れない。



そして数年前、実家が引っ越しすることになり彼女も北海道へ引越しの手伝いに行くことになった。 
郊外の大きな家から、便利のよい街中のこじんまりとした家への引っ越しだ。
ほとんどの荷物は処分しなければならない。

母は数個の段ボールに詰められた山ほどの写真を前に彼女に言ったそうだ。
「これはもう要らないから処分して。 
 欲しい写真があったら持ってっていいわよ。」 っと。 

「この3枚だけとっておくことにしたわ。」
そう言って母は手元に残した写真を見せてくれた。

すでに亡くなっている母の両親(エミコさんの祖父母)が一緒に写った写真。
亡くなった夫(エミコさんの父親)の写真。



「それでさ、もう一枚はどんな写真はだったと思う? 」
とエミコさんが意味深に言う。

「家族で一緒に写した写真じゃないの? 」と私。

「そう思うでしょ? それが違うのよ。 」

「ええ??まさか初恋の彼氏の写真とか?(笑)」  
おどけて言うわたしに彼女はおどけてチッチと指を横に振る。  

「それがさぁ、 自分が若いころの奇跡の一枚なのよ!! 」

「えぇ?そうなの(゚д゚) 」

「そうなのよ。
 あんだけうちらの写真撮っておいてさ!」

「そんあもんかぁ。」 

「そんなもんみたいよ。」
っと2人で笑った。 

二十歳くらいだろうか、彼女の80歳になる母が若く美しく写っている写真らしい。


それを聞いてからサクサクと半分くらいの写真を捨てた。 
もう2度と会うこともないであろう人と一緒の写真は処分をした。
結婚式の時の電報やご祝儀袋、記名帳も捨てた。 

そして、やっぱり捨てられないのは自分がの若い頃の写真(笑) 
決してきれいとは言い難いが、若いというだけで今のわたしにはない輝きがあるように見えるのだ。
髪もサラサラと肩より長く、今よりも5㎏くらい身軽でお尻もキュッと上がっている(〃▽〃)


そう言えば自分の子供の頃のアルバムもあるはずだけど、どこに入れたっけ?
まあいい。 
ゆっくりと時間をかけて自分の中の思い出と一緒に整理をしていこう。
最後に数枚だけ残して棺桶に一緒に入れてもらおう。

まだまだ残った写真をまた靴箱に戻す。 
そういえばエミコさんも写真を靴の空き箱にしまってると言っていたっけ。 
そのうちにもうちょっと小さくてかわいい空き箱を見つけたら入れ替えようか。
半分くらいに減った写真の束を眺めてそう思った。


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今日のお陰さま

お陰さまで探してた靴下の片方が見つかった(ノ∇≦*)

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