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昨日の続きです。

それでも長女姉も昔は面倒見がよく、優しいところもありました。
歳をとると丸くなる人と意固地になっていく人がいますが、姉はまさに後者だと思います。
ますます高圧的な態度を取るようになりました。

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7年前のお正月事件からは完全に姉を避けて会っていませんでした。
そんな中、3年前にはおめでたいことが重なり、甥っ子と姪っ子の結婚が決まりました。
甥っ子は長女姉(毒姉)の長男、姪っ子は次女姉の3女でした。

それをきっかけに毒姉が何事もなかったように連絡をとってきたのです。
毒姉と顔を合わせたくないのは山々ですが、
赤ちゃんの頃から身近で成長を見守っていた甥っ子はかわいぃ(*ノ∪`*)
わたしのわがままで年老いた母を心配させるのも大人気ないと思っていましたしね。


ところが人生って何が起こるかわからない(´_ゝ`)
毒姉長男である甥っ子の結婚式の前日に
B型夫が熱を出すというハプニングが起こりましたΣ(´Д`*)
すでに土曜日の午後、病院はやっていません。

仕方なく家で様子を見ましたが体調はますます悪化、
夜には熱は40度の高熱にまで上がり、ふぅふぅといっています。
滅多に高熱など出さないB型夫ですが神様のイタズラでしょうか。

体調が悪いのに無理をして結婚式に行くこともないだろう、
わたしはそう判断しました。
そもそも、病気を押して結婚式に行っても周りの迷惑になります。

あの姉の反応が気にはなりましたが、忙しい朝に連絡をするよりはと
重い腰を上げ、その旨を連絡すべく姉に電話しました。
申し訳ないと低姿勢で話をしたつもりですが姉からの第一声は


「はぁ?」



「はぁ?」こっちが言いたいですよ。
普通、高熱出してるって言われたら「大丈夫?」って言いますよね??

手下ごときがうちの大事な長男様の結婚式をドタキャンとは何のつもり?
と思ったんでしょうね。
わたしなら相手が誰であろうが「気にしないで、お大事にね。」って言いますよ。

仮病だとでも思ったのでしょうか??
けれど、うちのB型夫は息子がいないので甥っ子のことはかわいがっていました。
B型夫も甥っ子も車好きで、甥っ子が新車を買ったときには見せに来たくらいです。


これでまたフツフツとどす黒いシコリが腹に大きくなりましたが
今回はこちらが悪いのだからと気を取り直し、
せっかくのお祝いの席には笑顔で出席いたしました。

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久々に他県に住む弟とも顔を合わせ、おいしい料理をいただきました。
若い男の子たちがAKB48を衣装つきで歌って踊って盛り上がり、賑やかな披露宴でした。
さて、それでは帰りましょうという時になりハプニングが。



なんと、


わたしの席にだけ、



引き出物が置いてありませんでした



。。。。。。


母や次女姉が引き出物の大きな袋を抱えているのを見てに気づきました。
姉の性格だからワザとかも知れないとその時は思いましたし、
引き出物でトラブルのもみっともないし、疲れていたし、
何よりもB型夫が心配だったのでそのまま帰宅しました。


翌日に母に話したら、母も姉の仕業かと思ったようです。
まあ、実母でもそう思われるような性格ってことです。

母には面倒だから姉には言わないでね、と言っておいたのですが
母から姉に問いただしてみたそうです。
結局のところは結婚式場の手配違いだったと判明しましたが、
その時の毒姉のセリフが彼女らしい(´・ω・)

「はぁ?ちゃんと持って帰るのが常識でしょ?
 ひとつ残ってるって式場の人に言われたから、どこのバカが忘れてったのかと思ってたわ。」

↑これは母から聞いたので、もっとキツいこと言ってたと思います┐(´-`)┌
わたしの席にだけ置いてないのにどうやって持って帰れって言うのでしょうかね?
まぁ、引き出物くらいはどうでもいいです。
ドタキャンしたB型夫も悪いですからね。


その後会うたびに”ドタキャン”をB型夫に嫌味を言う毒姉。
結婚式もちろんB型夫は最初に会った時に欠席したことは謝罪しています。
「熱だしたんだって?社会人として失格じゃない?」
(上司でもないお前が言う?(`・ω・´)」
甥っ子嫁には「こちらは結婚式に来てなかった○○さん。」

そして姪っ子の結婚式の直前に実家で顔を合わせた時です。
別れ際「じゃあ、今度は姪っ子ちゃんの結婚式でね。」とわたしが手を振ると、
B型夫くんに今度は熱ださないようによく言っておいてよ。と毒姉。

このセリフで堪忍袋がプツンと弾けました。
自分のことはまだしもB型夫のことまでネチネチ言うの?
自分はB型夫にお祝いのお礼も引き出物のお詫びも一言も言わないくせに!!


この先毒姉と付き合ってもストレスが溜まるだけでいいことは一つもない。
わたしが本当のうつ病になってしまう前にこの関係を切らなければわたしはダメになる。
この時に本気でそう考えました。



毒姉を切れなかった一番の理由はやはり母でした。
母はすでに83歳になります。
独裁者の毒姉は実家のモロモロのことをすべて仕切っています。
完全に姉を無視してしまった場合に、
母にもしものことがあった場合、姉はわたしに連絡をくれないかも知れません。
まさかと思うかも知れませんが姉ならかなりの確立でやりかねないのです。

もう、それでも仕方ないと思いました。
母はもちろん大事ですが、今一番大事なのは自分の家庭です。
今度また正月事件のようなことがあったら確実にわたしはうつ病になるでしょう。
わたしがうつ病になったら家庭は崩壊します。

そんな状況になってから、他人が言ってくれても遅いんです。
「そんなに辛かったのなら言えばいいのに。」


そこまで考えた末にわたしは母親に宣言しました。
「本気で姉とは縁を切りたい。」

宣言から2年。
姉の電話番号もアドレスも携帯から消去しました。
さすがに着信拒否にはしていませんので大事な用事があればかかってくるでしょう。
わたしからは一生かけることはないと思います。

お正月がくるたびに軽いうつになります。
甥っ子や姪っ子たちが赤を連れて集まるので、顔を見たいとそりゃ思います。
もうお正月の集まりには8年も顔をだしていません。

毒姉は「わがままもいい加減にしろ!」と私のことを言っているらしいです。(次女姉情報)
以前のわたしなら、それを聞いてまたドロドロと心を暗くしていたのでしょうが、
それなりに聞き流せるまでになりました。

毒姉と一切交流がなくても当たり前のことですが困ったことなど何もありません。
こんなに気が楽になるのなら、もっと早く絶縁宣言すればよかった!本気で思います。
これも姉の刷り込みによる「家族」への洗脳が解けてきたからでしょうか。
世の中には実父母や兄弟姉妹に振り回されてる人って結構いますよね。


50歳と言えば人生の折り返しかなっと思ってます。
今まで頑張ってきたんだから、
これからは可能な限りシガラミに煩わされず過ごしたいって思います。
”終活のための断捨離”だと思ってやつですね。

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